2000-04-02

2011年4月2日(金)天聲人語

 福島の事故で、中部電力の浜岡原発に不安の目が向けられている。

同じ太平洋岸の沸騰水型である。浜岡の名で思い出すのは、遠い夏の

草いきれと鶏舎のにお い、大学の卒業研究で通い詰めた日々だ 

春に米スリーマイル島の事故が起きた1979(昭和54)年のこ

と。東海地震のリスクが言われる中で、浜岡の営業 運転は4年目に

入っていた。わが故郷静岡の原発は大丈夫かというのが、卒研の動機

である



 題して「原子力災害をめぐる住民意識」。周辺の人々がどれほど

案じているのか、100人に面談した。いずれ命にかかわる事故が起

きると3割強が考えていたが、心配しても始まらない。悟りにも似た

空気が集落に満ちていた
 
 住民の不安を「安全神話」で包み込み、原子力は日本の電力の3割

を担う。釈然としないまま、生活者として甘受する自分がいる。福島

発の電気が東京に回る 現実に黙しておいて、したり顔で脱原発を説

くつもりはない 

 それでも地元の「裏切られ感」は分かる。福島第一は運転歴が浜岡

より5年長く、地元2町は40 年以上、財政や雇用で東電と運命共

同体だった。原発城下町の落城である。安全を信じた町民が今、家

に戻れない

 長い離散は地域社会を壊し、故郷が消えるか もしれない。電力を

支えた人々に、これ以上の仕打ちはなかろう。恩恵に浴すことなく

放射能にさらされた隣接市町も、肉親の捜索さえできない状況だ。

その憤 りを共有し、代替エネルギーと向き合う気力を奮い起こした

い。

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