東北を代表する川といえば日本海に注ぐ最上川と、岩手県を南流し
て宮城県石巻市で太平洋に出る北上川だろう。その北上川は全長24
9キロにおよぶ。こんな一首がある。〈川幅の太さのままに海となる
北上川の長き圧力〉高橋みずほ
だが大津波は、その滔々(とうとう)たる「圧力」を押し戻して、
川を50キロもさかのぼっていた。分析をした東北大教授によれば、
国内に記録が残る津波の遡上(そじょう)は十数キロぐらいが多い。
数字は、今回の地異の激しさを物語る
被災地を歩くと津波の届いた高さに驚く。役場の支所や学校など、
安全なはずの指定避難所を各地でのみ込んだ。北上川河口にあった支
所は想定された津波の最高水位より高くに立っていた。しかし全壊し
、身を寄せた49人のうち助かったのは3人だけだった
隣の南三陸町では、3階建て、高さ11メートルの堅固な防災対策
庁舎の丈を軽くこえた。屋上でフェンスにしがみついた多くの職員が
流されていった。赤い鉄骨だけを残し、漁網やブイがからみついたそ
の廃虚が痛々しい
地震翌日の小欄で引いた寺田寅彦は、日本の自然には「慈母の愛」
と「厳父の厳しさ」があると述べている。慈母とは、たとえば豊かな
幸を育む三陸の海であろう。だが厳父と呼ぶにはこの天災は酷に過ぎ
る。手加減なしの折檻(せっかん)さながらだ
〈やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに〉
啄木。被災地にはなお悲嘆と慟哭(どうこく)がやまない。いのち萌
(も)える春よ、どうか慈母の優しさでみちのくを包めよ。
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