2000-03-30

2011年3月30日(水) 天聲人語

放射能を封じ込める作業が放射能を広げ、時と労力を奪う。福島の

原発事故は、ひとたび暴走した巨大システムの怖さを教えている。現

場の死闘に心から声援を送りながらも、「がんばれ東京電力」の声に

力が入らない



「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間

違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津

波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である


福島第一の記録映画は、「この地は数百年にわたり、地震や津波で

大きな被害を受けていません」と胸を張る。全電源が長らく使えない

事態も見込んでいなかった。想定の甘さは、「千年に一度」が無残に

証明した

『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』(J・チャイル

ズ著、高橋健次訳、草思社)に、興味深い一文がある。「起こるはず

がないと思いたい災難の多くは、起こりえないのではなく、起こるま

でに時間がかかるだけのことである」

多くの学者が国策になびく中、脱原発を貫いた高木仁三郎(じんざ

ぶろう)氏がご健在ならばと思う。11年前、亡くなる年の講演で

「私はそもそも、原子力は電力として使うには無理なエネルギーだと

感じていました」と語った。「それがある種の政治的圧力により、強

引に電力供給の主流に乗せられようとした」

科学とは、市民の不安を共有し、その元を取り除き、人々の心に希

望の火を灯(とも)すものであるべきだと、氏は力説した。電力業界

は論敵の視座から出直すしかない。「最悪」を免れ、原発という科学

が残ればの話だが。

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