放射能を封じ込める作業が放射能を広げ、時と労力を奪う。福島の
原発事故は、ひとたび暴走した巨大システムの怖さを教えている。現
場の死闘に心から声援を送りながらも、「がんばれ東京電力」の声に
力が入らない
「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間
違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津
波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である
福島第一の記録映画は、「この地は数百年にわたり、地震や津波で
大きな被害を受けていません」と胸を張る。全電源が長らく使えない
事態も見込んでいなかった。想定の甘さは、「千年に一度」が無残に
証明した
『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』(J・チャイル
ズ著、高橋健次訳、草思社)に、興味深い一文がある。「起こるはず
がないと思いたい災難の多くは、起こりえないのではなく、起こるま
でに時間がかかるだけのことである」
多くの学者が国策になびく中、脱原発を貫いた高木仁三郎(じんざ
ぶろう)氏がご健在ならばと思う。11年前、亡くなる年の講演で
「私はそもそも、原子力は電力として使うには無理なエネルギーだと
感じていました」と語った。「それがある種の政治的圧力により、強
引に電力供給の主流に乗せられようとした」
科学とは、市民の不安を共有し、その元を取り除き、人々の心に希
望の火を灯(とも)すものであるべきだと、氏は力説した。電力業界
は論敵の視座から出直すしかない。「最悪」を免れ、原発という科学
が残ればの話だが。
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